また少しブログの間が空き気味に
なって来ました。
年明けから色々と法務活動はしてるのですが、
僧侶にも「守秘義務」というものがあると
考えますので、誰を相手に何をしたと
いうようなブログはうっかり書けないのです。
なので、便りが無いのは元気な証拠
とでも思って頂けるとありがたい、
なんて都合の良い事を思ったりしてます。
さて写真は1月27日現在の法伝寺の様子。
年明け直後はまだ穏やかな天候であった、
そう思わざるを得ない状況ですね。
私が子供の頃よりはこれでかなり
積雪が少なくなっていると思いますが、
とにかくいつどなたがお寺にいらしても
大丈夫な状態を保つべく、
毎日除雪を行っております。
皆さん墓参は春の彼岸までお待ち下さいね。
山形の人間であればそこはもう
言わずもがなでしょうが、
永代供養縁者の遠方・県外の方に
この場を使ってご連絡です。
冬は大変ではありますが
だからこそ雪解けと春の日差しが
何よりも嬉しく愛おしく感じますよ。
では最後に日蓮大聖人のお言葉を一つ
ご紹介して〆とさせて頂きます。
<法華経を信ずる人は冬のごとし。
冬は必ず春となる。
いまだ昔よりきかず、みず、冬の秋とかえれる事を。
いまだきかず、法華経を信ずる人の凡夫となる事を。
経文には、「もし法を聞くことあらん者は、
ひとりとして成仏せずということ無し」と、とかれて候う。>
訳
(法華経を信じる人はあたかも冬のようなものである。
それは冬はどんなに長くとも必ず春を迎えるからである。
決して冬から秋にもどったためしなどない。
それと同様にいまだかつて聞いたことがないのは、
法華経を信ずる人が凡夫のままでいるということである。
法華経『方便品』には
「もし、法華経を聞くならば、一人として成仏しないことはない」
と説かれているのである。
(妙一尼御前御消息)